[JA] アイについて
春の訪れを感じさせるように、所内では本日、桃の花が咲きました。チンパンジーのアイを想い、記憶をつなぐメモリアルブログが始まります。その最初のバトンを受け取ってくださったのは、卒業生の山梨 裕美さんです。ぜひ、ご一読ください。
チンパンジーのアイのエピソードをということで、学生時代の観察ノートを引っ張り出してみました。たとえばある日の記録を見ると、「10:15 アユムがディスプレイ(誇示行動)をしてマリの上を通る。マリはスクリーム。アイはアユムを叩きに行く。アイ・アユムとっくみあい。アキラ近くに行くがどっちつかず。」と書いてあります。
アイは当時推定33歳で、アキラ(オス)、アユム(息子・当時9歳)、メスのマリ・ペンデーサ・レイコと一緒に暮らしていました。上記のような記録は何度も書かれていて、アイはアキラやアユムに別のメスが叩かれて悲鳴をあげると、しょっちゅう立ち上がって、アキラやアユムを追いかけて、叩きかえしていました。叩かれるのが、マリでもレイコでもペンデーサでも変わりません。マリは、オスがディスプレイを始めると、叩かれる前からアイに助けを求めて近づきます。アイは強く、そして周りからも頼られるチンパンジーでした。
当時のわたしは、研究所にいたチンパンジーくらいしかほとんど知りませんでした。その後、ありがたいことに生き物と関わる日々が続き、その中で、100以上のチンパンジーに出会いました。群れの中で強いからといって、必ずしも仲裁をするわけではありませんでした。当時は単に強いメスだと思っていたアイですが、今改めてノートを見返してみると、社会性のかたまりのようなチンパンジーだったのではないかと思うようになりました。
そして、どこか律儀なチンパンジーでもあったように思います。アユムが、10歳になった頃から、父親のアキラに挑戦するようになりました。その頃は、アイはアユムではなく、小さい頃から長年一緒にいたアキラの側に立っていました。そのことが影響していたのかはわかりませんが、なかなかアユムがすっきりと第一位オスにはなりませんでした。わたしはアユムが12歳の時に研究所を離れてしまったので、その後はどうなっていったのかわかりません。
こんなことばかり書いていると息子に厳しい肝っ玉母さんのイメージになってしまうかもしれませんが、もちろん息子のことも大事にしていました。ある日のノートには、「11:02 アキラがディスプレイをして、アユムの背中を2回叩く。アユムはスクリーム。アイはオッと声を出してアユムの方へ。アユム落ち着く。」と書いてあります。アユムが叩かれた時にはちゃんと側についていました。
プイプイと音を出しながら背中を丸めてこちらを眺めるアイ、お湯が好きでいくらでも飲むアイ、認知実験で課題を回答する前に小さくポリポリとオデコをひっかくアイ。思い出し始めるといろんなアイがポロポロと出てきました。学生時代はそれこそチンパンジーのいろはを教えてくれたアイですが、そんな遠くなった日々からすら、改めてチンパンジーのすごみを教えてくれました。アイ、どうもありがとうございました。一緒に過ごせた時間は、今のわたしを作っています。
山梨 裕美(現所属:京都市動物園)





